君への告白


恋人が、私のバイト先の先輩に私の好きなところを聞かれたらしい。私はそれを知っているが何度も言わせて悦に入るという作業が好きなので今回もわざわざ言って頂いた。「自分を持ってるところが好き」。はいありがとうございます。私はあなたがそういうことを恥ずかしげもなく伝えてくれるところが大好きです。


そういうあの人が大好きなので、私も真似をして、大好きな人のことを話したいと思う。…恋人のことはここで言うべきではないですからその話ではなく、わたしの共同プロデューサー、と勝手に呼んでいる高校の同期且つサークルの先輩、そう皆様ご存知あの彼である。色々勘違いされやすい人間だと思う、自己解決ができちゃったり、傷つきやすかったりするくせに人に深入りして行くから。

彼は、自分のことをよく知っている人間だ、と思う。だからこそ他人のこともちゃんとよく見れる。考えることの出来る、私の想定する大人に近い人間だと思う。かっけーんだよな。私は彼がいると安心するので桃部屋企画では彼に頼りっぱなしだった。勿論うちの可愛い同期ちゃんにもべったりだったけど。落語のことなんて知らない私に、寄席はどういう仕組みだとか、企画としてこんなのが面白いんじゃないかとか、沢山提案してくれる。彼は、私の殻をぶっ壊して飛び立つための手伝いをしてくれた。多分殻的なそれを、でっけ〜〜ハンマー(多分高座扇)でぶっ壊してくれたんだと思う。私は、恋人とか家族とか抜かして単純にお友達として、仕事のパートナーとして、彼以上に感謝をしなくちゃいけない人はいないと思う。普段あまり言わないけど、私を今のわたしにしてくれた友人達の中で、かなりのウェイトを占めてるのが彼だから、心の底からありがとうなんだよな。

私と彼は結構似てて、どちらかと言うと不器用で、だけど学業面とかで表立った苦労はせずある程度のやりたいを叶えてもらい、一般的に幸せそう、のラインに立てている。でも家族関係に問題を抱えていたり、自分のコンプレックスに潰されそうになったり、してる。彼が私と違うのはでっかい壁を壊してること、だと思う。それはセクシュアリティの気付きだったり、信仰への疑問だったり。私はぶち当たったでかい壁、とか、ない、多分。私はまだのうのうと生きてて、ちょっとづつの段差を飛び越えてってるだけ。だからなんか、尊敬してる。彼のこと。

きっと私の恋人が、自分を持った人が好きなら、私より彼のことを好きになるべきだと思う。…いや、私を愛して欲しいけど。でも、私は、自分というものは他人の憧れた他人をなぞっているなにかでしかないということを知っているので、それを自分と呼んでいいかいまいち確信が持てないのだ。彼は学びを深め、考えをめぐらせ、知という財産を持っている。私はそんな彼のことを尊敬しているのだ。羨ましいのだ。カッコよすぎるし眩しいのだ。…完璧でないところがまた愛おしい。つまるところ、人間として、本当の意味で愛しているのだ。

だからなんだ?なんでもいいだろ好きな人の話させろよ好きな人の話っていわゆる恋バナだけじゃね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜から!!

人間性が天才な人間が好きだってゆってんの!

恋文のようなもの


好きな人への愛が爆発する。

私の感情は割とすぐキャパを超えて爆発してしまうのでこれはいつもの事なのだけど、こう、身体の具合が崩れてくると、愛を欲してしまうね


なつかし〜いボカロとか聞いて(典型的にオタク)ノスタルジーに浸る日々だけど、好きって過去のものでも全然余裕で蘇ってくるからさ…アイラビューアイニジュー聞いて「は???何この真っ直ぐなラブソングは????僕だけの君に??なって欲しいんだ???君だけの僕と???呼んで欲しいんだ?!?!?!あ〜〜〜〜〜〜推しカプ🙏🙏🙏🙏🙏」とかゆって叫んでたくらいだわ 好きのインフレ

やはり青春なんだよなあ…VOCALOID最盛期なんだよ…私なんかは歌い手厨だったからも〜店長とかクプラとかふぁんた爺とかさ ありえんエモを感じる 感情の振れ幅よ



なんかそういうのをノスタルジー感じるのを、過去にできてるっちゅーことは今感じているこの愛もノスタルジー感じるそれにすることが出来るということか?という。

わけわからんけどあれだ、今を過去にできるのか、という事だ。終わったことにしがみつくことの「私の美学に反する」度はメーター振り切ってんだけどって話はしたと思うんだけど、まあまあ私も懐古厨だからさ 卒業なさった先輩に思いを馳せたり、高校の後輩に先輩面したり、したり、しちゃったり、そんな日々なわけじゃん。それは大切だったからで、そこにある新しい今に全く興味を持たず、目もくれず、私たちがあった「あのとき」を見ているからなのかなあ、と、思う。

ここには、私がいたあの時と違う今があるということを、当たり前のことなんだけどなかなかもやもやしちゃったりして。分かってても老害になってる人はいるけど老害っつーか多分在学中から害だったのでは?と思うけど。あたしのことか〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!



好きな人たち、好きな場所たち、お願いだから時を止めて欲しい


私は割と置いてかれる立場にいがち、ズルズル愛を引きずりがち、見えてるもんもう、今の4年生にも〜一生分の愛を伝えたところで足りないくらいにお世話になってて、大好きで、だから、いなくなるなんて言わないで欲しくて、卒公行かなきゃ卒業しないライフハック!とかアホなこと言って、何したって単位取れてれば卒業するんだよ そこに私の意思が介入出来るわけない、こんなこと言われてあの人たちが嬉しいかどうかなんてわかんない、わかんないけど。そんなアホなこと言わないと、私の知らないとこでふっていなくなってくんないと心がもたないんですけど。実は会いに来てくれるとかされると余計に辛い、優しさがさ、ああでももうこの人は大会前のあのピリピリを私に見せてくれないんだ、同じ高座に上がれるなんて未来はないんだと 気がついてしまうから、怖い。もうさ、大好きなんだわ。いなくなんないで欲しいとか最悪な迷惑なこと言ってっけど、いなくなんないで欲しいとか言いたくないって思いながら口から出るのは「なんで卒業しちゃうんですか」大学生だからだよ以外の言葉がねえ。そういうシステムなんだ受け入れろ。

受け入れらんねーーーーーーーーよ!!!!!!!!!!!受け入れられたらさ、あたし馬鹿じゃないからわかるけどさ、こんなこと言ってねーしさ、は?え?いや、あれ???まじか まじで卒業すんのか は〜私が死ねば一生時を止めることが出来る…ッ


ちゃんとさ、1年生の時から今日や明日や、今月末のことはわかっててさ、覚悟だってしてたはずなのにさ、まるでテスト前の一夜漬け、見て見ぬふりをしていた提出物。それ以外にいい例えがない、溜めといた洗い物とかかもしれない。はあ、分かってたのになあ。心の準備がまだできてない


大変お世話になった先輩方が4人ほど、いて、いや関わった皆様には皆お世話になってるんですけど、多分彼らは自覚あると思うけど、まじで本当に大好きででろでろに甘えてて、てんしき打ち上げ二次会での会話とか、宿に呼んでくれたこととか、八王子の鳥貴族とか、シャワーカーテンとか、思い出すだけで、ああ、もう、心がいっぱいだよ、いやになる。彼らは本当にあつくてかっこよくて、私の憧れで、なんかもう、そこの喪失感が大きすぎて、とっても泣きそう、さすがに電車の中で1人で泣き出すのはまずすぎる。まだ、卒業はしてないもんね。ぐっしゃぐしゃの顔でありがとうを言いに行くのは、もう少し待っててください。絶対に行くから。ついでに第二ボタンください。なければ愛でいいです。本当のことを言うと形に残るものをください。…冗談です。…酔ってないです。

ゆいごん。


私の母親のもとに彼女の同級生の訃報が届いた。中学が同じだっただけの、顔と名前がわかる程度の、知り合い。もちろん母親は葬儀等には出ないようだ。母親の感想は「ご冥福をお祈りします、以外の言葉がないよ」とのことで、なんとなく血を感じた。あの人もミーハーな悲しみを語ることは無いのだとすこし嬉しくなった。私がもし母親の立場であれば、そういった催し(なんと言えばいいかよくわからないので)に出ることはないと思う、なぜなら悲しむべき人が悲しむ場所だからである。顔と名前がわかる程度の同級生の葬式?告別式?なんかに出たところでなんの感情も湧いてこないことは確かである。悲しんでいる本当の友人を見て、後悔することは間違いない。


人は、いつか死ぬんだ

それくらいの感想しか持てないのは、近くの人間と死に別れたことがないからだと思う。祖母は10年近く植物状態でいつ死んでもおかしくないのだとは思うけれど、人工的に生かされているあの図が、人は死ぬより生きる方が辛いんだろうとすら思えてくる。そのくらい、現実味のないものが、私にとっての死というものである、ということに最近気がついた。


私が死んだら、これを読んでいるあなたのところに私の死は果たして伝わるのだろうか。

ニュースに載るような死に様でもない限り、もしくは自殺でもしてわざわざ遺書を遺さない限り、あなたは私の最期を知ることは出来ないんじゃなかろうか。母親は迷惑がかかるところには連絡して欲しい、と言った。バイト先と家族だけでいいのと。私はどうだろう。私の死を悲しんで欲しい人はいるだろうか。例えば恋人、多分連絡行くのはだいぶ遠い。私と彼の関係を知っている人はほとんどいないし、家族はさすがに連絡先は知らないし。元交際相手こそその例に乗っかるのだが、まずインターネットを介して知り合った人(しかも家族からの印象は最悪)にまず連絡はいかないだろう。…でも少し、愛した人たちには、私の最期くらい悲しんで欲しいという気持ちはある。きっと今私が死んだら、大学に連絡が行く、そしてバイト先に連絡が行く、ので、落研の方は私の訃報くらい知れるかもしれないね。でもお世話になった先輩方や大好きな他大の同期までは届かないかも。だからお願いしとくね、私が正しく死んだとしたら、絶対に悲しんでくれそうな人に連絡して欲しいです。最期くらい愛されていたアピールをうちの家族にさせてくれ。愛していたと伝えてください。横浜まで来い。私の不在を悲しんで欲しい。そしてずっと忘れないで欲しい、そしたらあなたの中で私は生きていけるから。

これぞ終活。そして新しい意味での書き遺す、遺書。あたしが死んだら、あんた悲しんでね、あたしのためだけに、泣いてね。


どんだけの人が泣いてくれるだろう。もう会えないのねと悔やんでくれるだろう。…間違っても、自殺でも、あの時話を聞いてあげられればなんてことは言わないで、あなたに話そうがなんだろうが死ぬ時は死ぬので。勘違いしないで。死ぬために死ぬので


大好きなあの人の訃報だけは、絶対に届いたらいいな。

たにんごと。


幼い頃からの性被害へのトラウマを告白する女性が増えたことを、私はよかったのかなと思ったりする、それがいけないことだというか、傷つくことだというのを許されたというか、なんかそんな気持ちになるから。

私もそこそこ酷い目にあっているとは思うのだけど、援交とか言うのは完全に自分から飛び込んだ世界だから嫌な目にあったとか言えないし、でも痴漢に遭った記憶とかふつーにあるし、飲み会でおっぱい弄りをされるのはいつものことだし、これは傷つくべき案件だったのだろうかとか、ちょっと悩んじゃう今日この頃。苦しまなくちゃいけないような気がしてしまう、いっっっさい苦しんでないんだけどね。これがもし私じゃない他人だったら、それこそよく読むコラムやme too投稿の一部だったとしたらクソみたいな男がいるもんだと怒ることが出来るけれど、私は全然自分に降りかかるクソ男エピソードが無さすぎて実感がわかない。うちの店に飲みに来るお客さんも変な人はいなかったし、先輩方はちゃんと面白くしてくれるし。自分はかなり恵まれてるなと思ったりもしてしまうむしろなんなら、他人事だからこそ、自分が安全圏にいるからこそそうやって口出しができるのかなとか思っちゃった。



某師匠が、まあまあなことを仰っていて、私が言いたいのは「万人受けなんてたったの4年とかしか落語やってない人間にわかるわけねーーーーだろ!!!!!!!!!」なんすわ。

つうかね、多分なんだけどね、てゆーかきっと絶対そうなんだけどね、学生落語というジャンルが出来てるんだよ。だって見せる相手がさ、客層が違うんだもん。小劇場演劇、高校演劇、ミュージカル、2.5次元とかさ、何が違うってやってることが誰向けか、って違いだと思うんす。観客に誰を想定しているか。勿論ね、うちらは慰問にだって行くからそこでうけるネタとかも持ってなくちゃいけないからある程度幅広く見れるようにしてるけど、でも私が一番うけて嬉しいのは学生なんだよな!結局そこに向けてやることが多くなるんだよ、学生寄席って学生のお客さんが多いし、だから個人的にはいつもの練習の時点から学生目線の意見しか貰えないわけよさ、悪いことじゃなくてね。無意識的に、稽古会にいる人たちにうけるもの、それが学生うけだということを考えずに、これが面白い、になっちゃうわけ。だってウケるんだもん。

いってもさ、面白いに貴賤なくね?ウケてんだから良くね?て思っちゃう。んあ〜なんつーか上手くいえねーーーけど、学生ウケだろうとなんだろうと、ウケてるもんはウケてるんだよ。これはそういう芸能。私たちのやってるこれは、学生落語というひとつの新しい芸能なんだと、私は思うわけ。

まあこうやって熱くなんのも私の大好きな人達、まあ他人なんだけど、そこらへんが貶されたからなわけで、私が言われたらどう思うかわかんないけど。確かになって思うのかもだけど。

悩めるこいびとたち

Twitterでもちょくちょく言ってるんだけど、恋人とだけの人生を不安に思う君たちに私の考えをバカバカ打ち込んでもいいですか。

許可を得るようなふりをしてそれを無視しますけれど、そもそも恋人いるならやめなさい!死ね!派閥の皆さんはブラウザバックよろしく頼みまする〜


私の始まりは、2年ほど付き合っていた年上の恋人との記憶に溯る。

彼はまあ、女子高生に手を出すくらいの人間である、あくまで、女子高生ではなく私を好きになったと彼は言うし、私もそれを支持したいと思う。そうだと信じていないと、私はきっと今でも傷ついてしまうから。

とにかく、愛していた。彼と初めてあった日、その瞬間、私はこの人と結婚するんだとそう感じた。私の直感は当たることが多い。誰と誰が付き合ってる、誰は誰のことが好き、とか。だから、信じていた。別れてからも、しばらくは。寧ろ大学在学中に遊んでくるからそれまで待ってて、待ってるよ、みたいな、そんなニュアンスすらあったくらい。まあ全然そんなこと、きっと今は忘れているだろうけど。


とりあえずそれくらい好きだった。けど、だからこそ、私の人生、16歳で、この男が最後なの?って。若くて美しい10代、それから先を、この人だけで私は終えていくのかと。この先、を確約されてるみたいなニュアンスで考えちゃうからこそ、そう思った。

自己中心的でしょう。でも私には自分より大事なものなんてないから。他人はいつだって誰だって私を裏切るかもしれない危険性を孕んでいる。こうしている今だって、あなたの恋人は私を抱いているかもしれないし、私の恋人もほかの女を抱いているかもしれない。それだけじゃなくて、本当はこっちが遊びなのかもしれないとか、そう思うじゃん。自分に自信なかったし、女の部分を受け入れてもらえることでしか自尊心をたもてなかった時期だったから。そうじゃなくなった、と思う、今は、ある程度楽になったけど。

なんつーか、だって恋人ったってさ、口約束で繋がれたただの他人だよ?なんの拘束力もなくない?ローカルルールでっせ??結婚してさ、法的に2人が認められたら話は違うけれど、他人なんですよまじで、痛いくらいに。だから別に問題なくね?ほかの女を抱かないでねとか私だけのローカルルールであなたを縛るのはいやだし、私は縛られたくない。嫌なら結婚してくれよ、そしたらお前だけのもんだから。…まあ、別に今はそんな必要もないんだけれど。


その、身体だけの関係、肯定派、ですけど、これは守った方がいいよ〜つか守れないならしんどいだけくない??て思うのはある

まず、秘密にできないこと。これはまじで、相手にも飛び火する、ソースは私。傷つく覚悟出来てたら別にいいしお互いオープンなら良いと思うけどそんな人間私くらいしかいないと思う、いやそれは盛ったいるにはいるだろうけど多くはないと思う。私はこういうタイプの人間だし、恋人がどこで女抱いてても全然いい。そこには一応信頼があって、この人はほかの女を抱いても私のことを1番に愛してくれている、って思ってるからで、だからほかの女を抱いてもいいよって言うわけだし。私じゃない人とすることで彼に見えるものもあるだろうし、私に返ってくるものもあると思うのね。技術とか。例えば私に性欲の全てをぶつけるのは違うと思ってくれているならそれはそれでありがたく受け取るし、まあなんつーかやっぱ愛してるって感じられるから大丈夫なだけで、ダメだったらダメなのかもだけど。そしたらそのうち別れるべっつってほっときゃいいし〜的なかんじ。

あと、傷つける覚悟と傷つく覚悟してないならやんない方がいいよ。罪悪感=傷つきたくない傷つけたくないってことだと思うんだよな〜エビデンスないけど、とりま覚悟は大事、未来がなくなる覚悟もしといた方がいいと思う。それで無理だってんならやめとけば?て思う。まあ経験上?っつーか身に染みて感じたのは、男はアイツだけじゃない、でした。


男はアイツだけじゃない

男はアイツだけじゃない

  • ベッド・イン
  • J-Pop
  • ¥250


いくら愛してても冷めることはあるから!百年の恋も一瞬だよまじで。恐ろしいことはあるものでした。


まあそんなわけでだ、とりま相手の様子見つつ?自分大事に生きてって感じ。失う覚悟はマジでしといた方がいい、初めての人はそこで止まると思う、とまりゃいいよまじで。大事であるならしない方が平和だもん。相手が一番大事なら、の話だけど。


一生付き合ってくのはその男/女ではなくてあなただから。やらなかった後悔、私は後で聞いてあげないからね、興味ないし。絶対に秘密にしとけよ。私には言ってくれてもいいけど。恋人に言われても全然いいけど。私とその女どっちがよかった?ちゃんと処理できたの?って事細かに聞くけどね。あとちゃんと愛してるって言ってくんなきゃちんこを輪切りにする

20190124

見に行く度に、自分の手に入らなかったものを、それを持っている人を、目の当たりにして。まるで失恋した気分になる。
私には手に届かなかったものを、易々と手にし、それに愛されている人に、これでもかと言うほど会いに行くのは、ある意味自傷行為のひとつで。これだから観劇は一人で行くに限る。


永遠に叶わない片想いをしている気分だ。届かないものは美しいね。勝手に美化して、届かないことに自分勝手な理由をつけられるから、私は片想いが好きだ。私のせいではなく、そちらのせいにすることが出来るから。わがままでいられるくらいの距離感が、私は好きだ。傷つく自分が可愛くて仕方ないから。

こんなところで立ち止まったとして、誰も私のことを気にしてはくれないし、それは同情すらしてはくれない。全て私の中で構築され、完結されているものだから。私にとっての真実は、あなたにとってのそれとは異なるものだから。この頭の出来にぞっとする。でもこれくらいで良かったのかもしれない、本気でないことに少し安堵するくらい。本気じゃないと言い聞かせないとひとひとり殺せてしまうくらい。本当に頭が悪くて嫌になる。



ああ、やっぱり愛されたかったな。

「じゃあ付き合ってよ。」

こんなブスを脱がせて好きだとか可愛いだとかそんなことをほざく男がいるから私は今日も自己認識を歪ませていくのだ。ひとりくらい、責任を取ってくれてもいいのに。私がずっとこの歪んだ認知で生きていくことを許してくれ。



何度も飲み込んだ言葉も、刺そうと思った背中も、私は全て私のために許さなくちゃいけなかった。のだろう。抱くための甘い言葉に責任を求めてはいけないというのはわかってはいて、それを利用しているくせに責任を求めたりなんて言うのは醜いことだとわかっていて、不倫だってわかってたけど酔って出た君の方が、という言葉に踊らされてしまうみたいな、そんな気持ちだ。まるまるそんなもんだ。

抱きたい、それ以外にないのに、自分が褒められた気になる私の卑しさ。私だって同じことを何度もしているのに、利用しているのに利用されたくないなんて最悪なことを言っている。わかっている。のになあ。最低だ。



私が私であるためには私がすることを他人が私にすることを許す必要がある。ほかの女と寝ていいよ、好きって言ってもいいよ、彼女がいないふりをしていいよ。って。

好きを嘘つかないから全てを許してって、そういうわがまま。