あおいはるだった

なんだかんだ私の一番の青春は、高校時代に終わることはなかった。

私の母校は少し特殊な高校で、単位制普通科、おまけに私は国際文化コースという、今となっては英語も国際文化も興味がないけれど、まあそういうのに特化した授業のある素敵なところだった。カリキュラムだけじゃなくて、自由な校風が目玉であったが、例えば校則は自転車通学禁止のみで実質ひとつもないとか、生徒会がなくて同じような組織として協議会が存在するとか、行事ごとに委員会が立ち上げられ学生中心で行われるとか、サークルみたいなのが勝手に立ち上げられるとか(おかげで演劇部でもない私が学内公演を打てたわけですな、感謝)。クラスで授業を受けるとかもないので、お昼はクラスも学年もバラバラのメンバーで食べていた。

非常に楽しかった。私の周りにはまあまあ意識の高い人達が集まっていたのでなおのこと。大学に入ってめちゃめちゃ嫌だった。まず私はつるむのが苦手。大人数が疲れる。あとバカが嫌い。授業中うるさいとかそういった類のバカ、嫌い。だからレベルの低さに超悲しくなって、「あ〜 やっぱかなそうはよかったわ〜wwww」とかイキリかなそう生になってしまっていたのだ。はっっっずかしい。

ことあるごとにうちの高校は〜になってしまう嫌な女だったことだろう。

だけど気付いたら大学からの友人が増え、高校で散々青春したはずの友達とは会わなくても、話さなくても大丈夫になってきたのだ。なんなら今年の文化祭すっかり忘れてたレベルだしね。バイトだよ。

なんか、思いがけずすぐ抜けてしまった感じが不思議でたまらないね。もっとズブズブだと思ってたけど、よく考えたら私こういうタイプだったし。熱されやすいからさ、夢中になれるもの見つけたら、今まで夢中だったものからすぐ手が引けるし。いろんなものに同時に熱中できないし。サッパリしててよきでしょ?て感じ。でもほんと、一生高校とかそういう過去の栄光的なものから離れられないんじゃないかって不安だったから安心した。だってダサいじゃん、いつまでも昔にすがりついてんの。高校の時は〜とか、あの時は〜とか、元カノと〜とか。新しい立場として高校に関わっていくんじゃなくてだよ?あの時と同じ気持ちで同じ立場だと思って行くのがだせーの。ちょうだっせー。おーびーおーじーのなんちゃらとか私は絶対に積極的な参加をしたくないね、というくらい。私たちのいた時とは違う、いまがそこにはあるのだから〜〜〜〜😌🙏😌


いまはいましかないな、とほんとに思う。せっかくだからやりたいことぜんぶやる。そしたらやらなかった後悔はしなくて済むし。やらなかったのを引きずってくのもダサいと思うし。いきたかった、やりたかったを減らせるように生きていきます。ねむねむ。

愚から始まって痴で終わるやつ


ふと顔を上げると、びっくりするほど醜い顔をしていて、一瞬自分だと認識出来なかった。


メイクを落とす前だ。なんなら数秒前まで今日の私可愛すぎ無敵〜〜〜とかなんとか言っていたくらいだ。たった一言でこんなひどい顔が出来上がるとは。魔法使いかなにかだろうか。どうして私は毎度毎度こうやって間違えるんだ。いや、間違えてるのは私じゃない、けど。

本日のキラーワード。

そのいち。「んで?その頃には演劇なんてやめるんでしょ?」

そのに。「ももちゃんは可愛いよ普通に。何もしなくても可愛いよ」

あ〜〜〜〜〜〜〜さっきまでちょ〜〜幸せだったのに。チゲ鍋はうまかったしトリック見ててさ、なんでこうなるかな〜〜〜〜〜🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪🔪

家庭にはそれぞれ問題があると思うんですけど、それぞれに複雑でなによりも大変なことだと思うんですけど、だからきっとこの話はあなたのおうちの問題より全然普通じゃんとか何がしんどいだよとか思うと思うんですけど、でも私にとっては生死が関わるほど常に深刻なので。私として生きていくのが困難になるくらいには大問題なんですよ。

なんで私が自撮りやらこんなくそみたいな文章やらを二度と消えないインターネットとかいう場所に載せてるかお前知ってるか?何を埋めようとして埋められなくて足掻いてるか、どうして私が自分の傷口を抉るようなものを勉強してるか知ってるか?たばこをすうのも、家に帰らないのも、なんでだか知らないでしょ。ぜっっったいに教えてやらないけどな。大切にされてるのも知ってるし、きっと愛されてるのも伝わるし、あなたが疲れてるのも分かるけど、そんなの比にならないくらい、私はあなたにもっともっと見て欲しかったのに。幸せになりたいなんて馬鹿みたいなことをいつまでも言ってるのも全部そのせいなのに。私はまだずっと子供だから、あなたのこと許せないし自分のことも愛せないんだよ。これはまあ半分以上私が悪いんだけど。母親になれば女は自分の母親を理解して、許せるようになるなんて聞いたことがあるけど、私は絶対に忘れたくないから母親になんてなりたくない。反面教師になんてしてやらない。恨んだりなんかしてないし嫌いなんかじゃない。ただただ許せないだけ。

あの時本当に死んでいればよかったとか今でも本気で思うこと、まあまああるけど、あの時だって結局は私のことそこまで気にかけてくれてなかったし死んだところであの人が私を見てどうするか見れないから絶対に死んでやらねーとも思う。人のためになんか死んでやりたくないしね。みるみる痩せていく妹を見てもあんな感じなら、例えあと何回死んでもあの人は変わらないだろうと思ったりする。でも、でも私は羨ましい、ああやって怒りをぶつけられるあの子が。私も下の子に産まれてたらなんか変わってたのかなとか思ったりする。反抗期とかちゃんとやって、こんなにこじらせることなくちゃんと母親を許して、子供を産んで母親になって許されて、って人生を送れたのかなとか思ったりする。後半はまだ来てないけど。でもあの子は母親と友達になれるのだろう。私には出来ない。

わがままを言えない。内弁慶なあの子が、本当に羨ましい。外にいる時より家にいる時の方が私はいい子だし。いわゆる上の子らしい上の子なんじゃねーかなとか思ったりしてる。こういうタイプの人間死ぬほどいるのはわかってるし自分が特別じゃないことくらい分かってるけど、なんかそれすら悔しい。誰の特別になることもなく私が終わるなんて絶対に許せないじゃないか。特別な人になりたかった。超絶面白いとか、可愛いとか、エロいとかでもなんでもいい、小さい輪の中ですら1番になれるものがないのが中学生の頃からずっと嫌だった。未だに嫌。私にとってはたった一人の特別な自分なのに、周りの人間にそうやって認識されないことが嫌で仕方ない。そうやってイロモノになろうとしてなりきれない自分も大嫌い。どこにでもいる、その代表格みたいな自分が大嫌い。

好きになろうと思って、嫌いじゃない部分を好きに変えようと頑張って、その結果を一緒に愛してくれないのに苛立つ自分に嫌気がさす。結局自分の満足だけじゃ私は幸せになれないんだと気付いてしまって悔しい。


父親が中学の剣道部の引退試合を見に来てくれただけで号泣した私が、未だに居座っている。惨めだね。演劇なんてやめなさいって言うくせに本番見に来てくれる母親も私は本当は好きじゃない。突っぱねるなら最後までひと目もくれずにいてよ。期待しては裏切られる。やっぱだめか〜って、そうやって思う度自分の中のあなたの大きさが浮き彫りになって涙が止まらない。中途半端に優しくするのやめてよ。も〜〜〜〜〜〜〜しんどい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!明日も稽古だから目をはらすようなことしたくないのに……

親にやりたいことを応援してもらっているそこの君が心底羨ましい。私にも下さいよそれ。どうやったらよかったのか教えてくださいよ。死ねないくせに死にたいとかいうやつ私はやめたいんだよダサいから。こうやって思い悩むのもやめたいんだよ。こんなことしてる時間あるなら芝居のこととか落語のこととか好きな人のこととか考えたいの!!!これだから陰キャなのやめたいの!!!!ダサいことしたくないの、、、ちゃんとなんも考えてない人のフリできてたのにさっきまで。やだもうほんと、やっと私のなりたい私のフリができてきたのにどーしてそういうことするの。そんなに嫌いか私が〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜もうやだ病んだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜👼👼👼👼👼👼👼

名前という魔法


私はこれから、簡単にまとめれば公私を分けることは大事だよという話をします。


皆さんには名前がありますね?多分、呼ばれる場所や人、用途によって色々な名前があると思います。

名前は人を区別するための記号でしかない、なんて書いていたものもあったなあなんて思いますが、まったくもって私も同感です。区別するための記号。そんなはなしです。


落研での高座名、高校からのニックネーム、地元で呼ばれるあだ名、バイト先での愛称等、私という人間には沢山の記号がある。どれも同じ人物をさしているけれど、その時々の私は少しだけ違う。名前を呼ばれることによって、名乗ることによって私は切り替わる。と、思っている。

風俗嬢が源氏名を名乗ることで自分の中から仕事中の自分を取り出すみたいな、そういう感じ。わたし、というのは沢山いるので。


だって落研の時のわたしと、バイト先でのわたしは同じ人間だけど言動は全く違うし。当たり前だと思うんですけど、TPOにあった振る舞いするでしょ?猫かぶるとかそういうのもそのうちの一種だと思ってて、その時の私、によって正しいとされる行動や言葉は違ってくる、と思う。


例の騒動やとある人の話を聞いて思うことがありすぎた。

役職がある人間が、仕事に私情を挟むのはどうなのかということ。

特に団体の代表的な役職についている人間が、である。


今回の騒動については、団体の代表として団体のHPでの公開ではなく、いち個人としての感想やアドバイスであればなるほどなあと読み進めることが出来たのではないか、と思う。まあ、目を通す人の数や層は変わるかもしれないが、個人の意見として受け取りやすいように感じる。個人の意見ですが。私は本人とは面識がありませんし、どういった方なのか存じ上げておりませんのでただ主観的にリーダー論みたいなのを語りますが、これは公私混同と取られても仕方ないのではないかと思うのです。

具体例を出さないと表現しづらいのが難点ですが。例えば代表格である人間の個人的な好き嫌いで団体のメンバーを選んだり、出演回数が減ったり、そういうことって完全に私情挟んでるよね?みたいな。そういうコンセプトや信条の団体、企画でもない限り周りからの反感を買うのは当たり前だと思ってしまう。代表となる人が代表という役職であるタイミングで、というのが大事な前提ではあるけれど、そのタイミングで個人を出すのはよろしくないと思う。どこの組織にも言えるけれど。

個人的に嫌いなのも気に食わないのもわかる。それはある、人間だもの。でもあなたは、今はただのあなたじゃなくて、その組織に大変な影響力と権力を持つ代表でしょう?そのあなたの一言は団体の総意であると見られても仕方ないんですよ?と、なるわけですね。だってあなたは、団体のトップなのだから。


名前を使い分けることって大事。委員長、とか桃部屋ちゃん、とか。そうやっていちいち分けていかないと私がわかんなくなっちゃうもん。切り取って区別していかないと、混ざってしまう。1番よくないと思う。


私は総評、結構楽しみにしてたからなおさら。ああ、そんなミスひとつで、って。私も気をつけよ、って。


あー、眠いから文章の組み立てがいつにも増して下手だ。うーけーるー。

言い訳がましいがこれは悪口ではない。個人に向けている刃ではない。なんなら全人類に向けている。使い分けでミスられたところでああそっかこの人はこういう人なんだとしか思わないし特に興味もない限り直接言ったりしないし。つか片方から聞いた話を鵜呑みにしてキレるとか頭の悪い人かその人に陶酔しきったメンヘラだけでは?と思っている。夜中なので過激だぜ。まあでも戒めです、から、自分への。ついでに君たちも読めば?みたいな。


何度でも言うけどこれは私個人の意見であるからして、反論は認めるし絶対正しいとかではないからな。公私は分けたほうがいいね、の話だから。わかったな。おやすみ

こういのおはなし


どれだけ好きだと言ってくれても、私があなたのものになれるわけじゃない。


好きだけど付き合わないとかそう言うのは分からなくもない、でも私はわがままだからこう言いたい。責任を取るつもりがないなら好きだなんて言わないで、と。

好きになられたらどうするんだお前は。好きと言われたことによって好きになってしまっても実は両想いではないなんて酷すぎる。というかむしろ、その好きは対象全体に向けられたものではなかったかもしれないけどそれを勘違いしたりしてしまったりするかもしれないだろう。何として、相手のどこが好きなのか、わざわざ言ったらムードもへったくれもないけれど、でも言わなきゃ人が傷つくこともある、かもしれない。勘違いされたくないなら色々できることがあるなあ、くらいの認識で良いのですけれど。

特にセックスをしている最中の甘い言葉にはすぐ騙される。全ての言葉の始まりに、「君とのセックスが」と付けないと心の弱い私はすぐに間違えてしまう。多分これは私が全部悪くて、セックスをなんと位置づけているかの違いなんだけど。心を埋めるものである場合とても危険、ていうかこっちは妊娠するかもしれない行為をしているわけだから、もしかしたら一緒に子育てをしていくかもしれない相手を一瞬でも好きかもと思ってしまうことは仕方ないことじゃないですか。そりゃそうもなるわ。抱いたから、とかじゃないこともあるよ勿論、好きにならない人だっているし。でも好きとか言われちゃったらそれに拍車がかかるでしょ。仕方ない。閉廷!


言葉に責任をもってくれお願いだから。好きだなんていちばんに、そう。その言葉にはちゃんと責任がないとダメ、だと思う。ちなみに私も好き好き言いますが、本当に好きな人にじゃないと言ってないし、最悪どうなっても私の責任だと思ってますしそれでいいと思ってる。抽象的褒めとしての好きをしばらく封印してみませんか。

好きという言葉には色々な使われ方があるけれど、私がいちばんよく使うのは褒めとしての好き、と好意の伝達のための好き。今勝手に定義してる。褒めと好意はちょっと違うじゃん。具体的に例が出せればいいんだけど感覚だからなんとも言えない。恋愛的なのと友情的なのの違いと似てるかな。うまく言えない。顔が好き!は褒めとしての好きだし、告白とかの好きは好意の好きでしょ。みたいな。対人の使用においてね。きっともっといろんな意味を包括して好きって言葉があるんだと思うけど流石にわからんわ。とりあえずそのふたつは確実に使い分けないと人の心が死ぬ。時によって私も。死ぬ。死にたくないでござる。にんにん。


あ、ルームに充電器忘れた

夏のせいにしてごめんね♡

ただ今非常に浮かれている。

夏のせいにしたら全部許されるって聞いたからそうしてますが、夏のせいにするのももったいないくらい毎日が楽しい。私が欲しかったのはずっとこれだったし、夏にこれが毎回手に入るなら毎日が夏でいいくらい幸せである。楽しい。


恋をした。

そして楽しみがひとつできた。


それだけなのにこんなにも浮かれるか?と言うくらい毎日がふわふわしているし私は3ミリくらい浮いてる。多分。

予定は日にちが近づけばちゃんと実現するのだ。まだ2ヶ月は先なのですが。善は急げ、というより私がせっかちなので我慢ができない。我慢出来ないんだよそうなんだよ、できないんです。欲しいものは手に入れなくちゃ気が済まないし、楽しかった思い出はどこかに発信したいし、好きな人達はたくさんの人に好かれてほしいと思うので。桃部屋企画やります。


恋人いらんな…て時期が急に終わって、好きが全面にババーンと押し出される季節になった。唐突でかなり驚いている。幸せなことなので良いのですが。いやでも元々できない我慢が聞かないというかコントロールが出来なくてかなり暴走している。鉄は熱いうちに、初速が肝心、みたいな感じでたたみかけようとしている。馬鹿のすることですからね。でも浮かれぽんちな私はそんなことに気を使っていられないのよ、好き〜〜〜〜ってなったら一直線の可愛い娘っ子だから……

好きな人は私のことなんか気にせず幸せになって欲しいタイプだったけどよく考えたらそれは推しに対してであって恋愛的なというかもう欲しくなっちゃったら仕方なくない???同一化までとは言わないけど、好きな人の好きなもの、こと、ひとを知りたいしなんならそれに私がなりたい、恋じゃないですか。私がその人の喜びを作るひとつの要因になりたい!恋だ!すげえ!!!!!(ここまで一息)

ただ好きでいることと恋人という関係を結ぶことって違うんだよって散々言ってると思いますが本当にちげーんだわ。

だって自称東大生は東大生じゃないもん。これは飛躍してるけど。でもそれくらい違う。両思いどうしと恋人どうしでは全然違う。結婚と事実婚くらい違う。恋人と名乗れることがどれだけ幸せなことか知ってる?彼女ですって紹介されることがどれだけ嬉しいか知ってる?他の女が寄って来ないような予防にもなり得るし、そして彼女だからそう!独り占めしてもいい!何回セックスしてもビッチ呼ばわりされないし、人前で手を繋いで歩けるし、ほかの女の子を抱かないで♡って可愛いわがままも許してもらえる。彼女特典って大きいんだよ。お前は知らないかもしれないがな!別に結婚前提とかじゃないし(そういう場合もあるとは思うけどさ)、とりあえずお試しで付き合ってみない?ってめっちゃ思う。んでよし!ってなったら改めて二人の関係を公にすればいいし。悪くないよね??てかむしろ良いよね????

けど好意は暴力になり得るので。ちゃんと気をつけようね、私。

言葉刈りと目に見える幸せの話

3,4年前の人生設計にはなかった今日に乾杯。
きっと今があるのは16歳の私が恋に落ちたからでしょう。あの時に彼に出会わなければこんなに毎日が楽しくなかったし、大学入学も果たさずに皆さんを見守るお星様にでもなっていたのだから。


運命とかそういうのは使われる毎に定義がはっきりしていなくて嫌いだ。
もし人生のすべてが神様に決められている運命なのだとしたらここであなたがこれを読んでいることも運命だよ?もっとよろこべよ、なあ?もしラブソングなんかの「運命の人」が愛し愛される運命の人なのだとしたらそうはっきりかいてくれないかな機嫌悪い私が揚げ足とってガヤガヤ言いたくなるでしょうが。どういう運命の相手なのよ。私だってあなたの運命の相手だよきっと。友達になるだかただすれ違うだかしらねーですけども。そういうことじゃん。必然とかさ、偶然とかもさ、よく意味とか知らんけど。決まってるんだとしたら全部これ運命だから!私がこれ書くのも運命でしょ?……ってこれずっと思ってていつか言おうって思っててやっと言えたわ。ただの八つ当たりです。

永遠とか絶対とかも嫌い。私は気まぐれなので。ずっととか約束できねーだろ。守れない約束は好きじゃない。約束するよ?じゃあ破った時なんか代償捧げてくれんの?みたいな。ありがちなラブソングが嫌いなわけじゃなくてよ。私の言葉選びの基準というか。永遠なんてなくない?愛が尽きるまでが永遠なわけ?最期を知るまでの永遠?そうですね。あなたがそれでいいなら。その永遠が二人の間で共通認識を持たれていなければ永遠なんてあってないようなものよ。綺麗な言葉はもちろん好きだけど、実現不可能な誓はもはや虚言じゃないかしら。それでも信じたいって思う気持ちはわからないでもないけれど理性的な私が出てきて凄い剣幕でディスりだすからなあ。もはや面白い光景。


私は恋愛くらいしかしてきてないと思ってるけどあれが本当にそうだったかと言われればそうだったと断言はできない。これという形がないから。だけど人と人との関係性な以上、相手がいる以上、愛はそこに存在していたと信じていたい。だってあなたがそう言えば私はそうであると言えるのだから。

ふたりでいるのに孤独を感じる、なんてそれっぽいことを並べ立てていた時期もあったけれど、隣にいる愛しい人をガン無視するのは失礼すぎる。
私は私に忠実であったのではなくて、私のなりたい私に忠実でありすぎた、しありすぎるのではないかしら。他人から見た私に固執しすぎている。
結局人間は他者評価がすべてだなとは思うけれど、それは私が自分に自信が無いだけな可能性だってある。ただの私の価値観だ。私だってわたしのためだけに私でありたい。そう出来ている人たちが羨ましい。こーんなちっぽけなプライドなんてはやく捨てて、私になりたい。
それができれば苦労しないけれど。

こうして言葉にすることで自分の考えが少しずつ理解できるようになってきた。モヤモヤを言語化して私にわかるようにするためだけのスペース。誰かに読まれることを何故か意識した自分だけの文章。
きっとあなたのおかげで今日も私は生きているので。あなたとの運命にも、乾杯。

備忘録

例えば私は、私の好きな男のことを好きな女を好きになれないし、その女のツイートやストーリーをスクショして眺めては笑ってやるし、セフレの部屋のベランダでどうでもよくない話をそこそこの声量でしてみせるし、荒れた部屋の掃除をしたいし必ず忘れ物をしていきたいと思う。渡された部屋の鍵を眺めて優越感に浸ったし、私を信用したんだかなんだかよく分からないあの人の背中を見送るし、布団に横になって本を読む。

この部屋に鍵をかけて私を閉じ込めてしまえばよかったじゃないと思う。あなたにはそれが出来たというのにどうしてしなかったのだろう。
閉じ込めたところで鍵を渡したところで、私はいつかあなたに飽きてしまうというのに。
あなたと幸せになりたいと言った私を信じたのかそうじゃないのか。言葉の真相なんて分かるはずがないのだけれど。すべてを夏と夜のせいにしてしまえばすべては解決するのかもね。それはきっとあなたの真実。

鍵をかけようがなんだろうが、私はどこかへ行くだろうに。あなたがそうするように私があなたを裏切らないわけではなかったというのに、いつでも。身体はここにいても、心はどこか遠いところへ消えていけるのだ。信じればきっと。
暑さに頭が溶けていく。あなたがこのまま帰ってこなければ私の最後の記憶はあなたのその背中なのにと思って悔しくなった。ただいまの声を聞いて後悔した。ここで私が死んでいたらあなたはなんて言い訳するだろうかなんて考えたりして。酸素の足りない頭を枕に投げ出してブルーライトに目を刺させて。私はまた夜に溶けだす。

恋とはいつだって死に至る病だ、と思う。絶望の味もする気がするし、希望の匂いを感じる気もする。ただ寝苦しい夜にはそのどちらもが、恋そのものが漂っているのかもしれない。
今だけが私の生きる瞬間であって、ポエミーな気分だけが私の原動力である、のかもしれない。
そんな人間ははいてすてるほどいて、私は特別な人間なんかじゃないことを、特別な人間になりたいただの人間であることをまざまざと見せつけてきやがる。私だって特別な人間になりたかったのに。生まれてきたからには誰かに選ばれて憧れられて、そんな人生に憧れていたのに。この言葉も誰かをなぞっているだけだ。美しくなんてない。誰かをなぞった何かをなぞって、色褪せた文字は美しくなんてなかった。美しさとは独創性なのか、独走性なのか。ひとりがひとりとして生きていくことなんて出来るんだろうか。誰かを鏡にして杖にして、私は私を初めて見ることができるというのに。

乱雑に置かれた雑誌の山と薄汚れたスマホケースはきっと私自身だから。最底辺のメンタルと生きる自分の姿だから。幸せだね、知らないということは。知ってしまったことを今更どうすることも出来ず見て見ぬ振りもできず、なかったことをあったことにしてしまった自分に嫌気がさす。あつい。


やはり会う前の待ち合わせが一番好きだ。この時間を知らない時間が私は好きだ。駅ビルのちょっと歪んだベンチに座ってその一言を待つ時間が一番なのだ。だから物語は始まる前が、映画は見る前が、きっと一番の輝きを持つのだろう。期待というものはいつだってキラキラと眩しくて好きだ。