っぽい、

夢なんて見たくないんですよこちとら。


多摩劇卒団ラストの座組を終えて。稽古期間中に同期の役者と飲みいって。彼女のこと私とても好きで、向上心とか吸収力とか、素直に憧れるしかっこいいと思ってる。負けたくないライバルだし、また同じ舞台に立ちたいと思うし、彼女と切磋琢磨したいと本気で思う。一緒に強くなれると思った。彼女がどう思ってるか、はひとまずおいて。彼女は舞台の道に進みたいと言った。ももちゃんはどうなの?って、聞かれて、ああ私も舞台に立っていたいさと、今ならこの気持ちも受け入れられるけど、そう言えなくて。…って話は、多分書いたんだと思う。

私は本当にもう、この夢を諦めなくちゃいけないんだろうか。今でも、打ち上げの時にお芝居辞めちゃうの?もったいない、もっと見たかったのに、ってそれこそ勿体ない言葉を頂いたのを、何度も反芻する。

求められたということが嬉しかったのか、それとも舞台に立ちたいと思っているのか、は、わからない。つか有耶無耶にしたい、わかったとこで叶う夢ではない、ので。


いつだって私の将来はスクールカウンセラー、それ以外に疑う余地なんてなかったのに、高校にいるときでさえ。まさか大学の、その先、なんて思ったことがなかった。

そもそもわたしには才能なんてないし、学んだ時間と読んだ脚本の数と比例するほどの実力くらいしかない。…あるのかな、あって欲しいと思ってるけど。元々あったちょっとだけの、わかる、というセンスだけで、これまでやってきていたような気がしている。多分そうなんだろう。いつまでもわかんないもんはわかんないし、出来ないとこは出来ないので。諦めたくないけどなんとなく、もうすぐ終わるから、私の華も、って諦めてるとこあって。時間決めてるからこそ本気でやれるってのももちろんあったと思うし、本気でやってるつもりだけど。やっぱし芝居でやってこうって思ってる人に食いついてきたいけど、ほんとのとこどうなんだろって、稽古帰り1人になるとつい考えてしまう。きついお酒を頼んでも、ジュースレベルのをバカスカからだにいれても、わからないものはわからないのだ。私がいつ開放されるかなんて。


自分というものの価値についてずーっとずーっと考え込んでも、私が決めるものではないのでそもそも決まらないのである、たぶん。私に払う時間もお金も、それが本当に適正か、それが分かるのは払ったあなただけだから。幸せになれないのはずっとこんなことを考えているからかな。てかなんだよ幸せって。みたいな。これを永遠に繰り返す。


自信のある顔をしますけれど、それが本当だと思うならきっと私のことをご存知ないのでしょう、ね。しらんでもいいけど。


軽トラが横転しようと歴史的文化財が全焼しようと私のせかいはなにもかわないんだなあ、と思ったりしたりして。何を間違えてくれたらいいのだろう。例えば、私のことを好きになったりしてみる?なんて言ってみたりして。



あーあ、おうちが近くなればいいのに。駅から10分がいい、坂がない方が尚いい。横浜駅から電車で15分なんて遠いの嫌。大きい駅乗り換えて4,5駅にして欲しい。大学にも2時間なんてかけたくないし、好きな人にすぐ会いに行ける距離がいい。一緒のお部屋じゃなくていいからたまに泊まりきてくれるくらいの、軽く来れる距離がいい。都内がいい。新宿まで出やすいとこ。夜遅くまで飲んでてもだいじょぶなとこ。あなたが来やすいとこ。そしたら私もちょっとはかわんのに。