考察期

もう終わったことなのに、ふっと思い出して思案に暮れることもある。

炎天下のアスファルトの上、アリが生活を営んでいるのを見る。手元のタバコでこいつを殺したら、わたしは彼女の気持ちが理解出来たのだろうか。

今月のはじめに、なかなか難しい役を頂いていた舞台が終わった。彼女はなかなかに歪んだ思考の持ち主だった。そしてありふれた人間だった。
私には、弱いものをいたぶりたい彼女の気持ちがわからなかった。自分にはない感情だとばかり思っていた。残念ながら、そうではなかったけれど。
彼女は嫉妬していたんじゃないか、そう思った。愛されなかった自分の劣等感と、自分より弱い生き物がいきいきと生きている様に、彼女は嫉妬していたんじゃないか、と。そういう気持ちなら私にだって理解ができる。さんざん言っているけど、努力せずブスのままで生きていこうとする女オタクや芸を磨こうとしない人間に私は嫉妬しているからである。そのままの自分を自分で愛せる段階まで来ていることに、愛してくれる人に出会っていることにいらだちを覚えるのだ。羨ましい。

人はなにかに突き動かされている時、その何かが何なのか、分かっていないものだと私は思う。だからこれでいいのかも知れない。彼女だって自分のこの気持ちがなんなのか分からなかっただろう。

彼女は最期、理想にすがった。理想の幸せがある場所に。母親の待つ場所へ。待っていたかどうかはわからないし、そもそも私は死後の世界の存在を信じていない。だが彼女は信じた。それだけが救いだったから。期待を寄せ、人生を賭けたイワンに裏切られ、彼女が信じられたのは、それだけだった。だから最後はハッピーエンド。彼女の最期は、幸せな気持ちだった。んですよ。私の彼女はね。

それが幸せなんだって、ひとつ決められたらそれだけで生きていくともできるのに。

私の大好きな漫画で、交際中から後輩と浮気していた男と結婚する自分も同じくほかの男と浮気をしている女の人がいう言葉。この人と生きていくことが私の幸せだって決めちゃったの。正確には違うと思うけど、ああそういう幸せもこの世界には用意されているんだなと思った。諦めとも決意とも取れる言葉。いつか幸せが見つからなければ私もそうするのだろう。これが私の幸せだと。消極的な理由になるんだろうな。そうしないといけないからとか、なんとか。少し寂しいような気もする。でも幸せを自分で決めるなんて新しくない?なんとなく、理想を追い求める私はいつまでたっても現状に満足出来ない気がするので、一つに決めてしまうのが一番楽なのだと思う。だからそうしようと決めたのでした。幸せになるために。
まあそれが本当の幸せに繋がったか検証できるのは、まだ遠い未来の話。