嗜好の思考を施行

先日久々に、好きだと思っていた人に会ったんですけど。相変わらず美人だし私には興味なさそうだし、最高にたまらなかった。興味ないはないで寂しいけれど、私なんかが目に止まらないくらいの生活をしているのだと思うと、質の高さを喜べるので。
彼の才能は間違いなく飛び抜けたものだし、もしこれから伸びるのだとしたら恐ろしすぎるくらいなのだけど。私のために時間を無駄にしてほしいと思った。関係性を持つということは、相手のために時間を消費することでもあるでしょう。私のために、あなたの貴重な時間を浪費していただきたいと思った。なぜならあなたが好きだから。私のためにバイトを休んで。私のために睡眠時間を削って。私のために稽古時間を短くして。それが恋じゃなくていいから。
好きな人が、私のために時間をとってくれたってそれだけで幸せじゃない?だから。一瞬でもいい、絶対周りの人に言わないようにするので。デートしてください。七月くらいならまだあけられるので。それが恋じゃなくてもいいから!


全く異なる話をしてもいいでしょうか。
私は表現をすることが好き、なんだと思うんです。お芝居にしろ落語にしろ、こういった文章にしろ。
その、自分の表現に磨きをかけたいじゃないですか。そのためにこの方向性で行こうとか、たくさんの文章読んだり、構成の勉強したりするわけだけど、構成の勉強はしてないけど、でもやっぱり他人のものをどんどん見なきゃいけないわけじゃん、自分の中だけじゃ限界があるわけじゃん。……わかってる?
稽古場での態度を改めないといけないなと思った。私はそこで自分のできる最大限をやらないといけないのに、なんだか自分がうまくなった気になって手を抜いていた気がする。ダサすぎる。嫌だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜お前はいつまでもド下手だからな……自分の表現に磨きをかけるために、良いところはどんどん吸収できるように、良いところを見つけられるように、まずは見てないといけないのにね。熟成させてこじらせる、なんてこと、一番嫌よ。受容的に、前衛的に。私は私の常に最前線にあるべきなのだから。惜しむべきではないのは、そのための努力でしょう。私はどの場所に置いても、そこで自分のできる最高をお客様に提供するだけなので。表現って結局人に見せないと完成しないでしょ。見せられるものにするのに努力しないといけないじゃない。人に見せるためにやること、作品としての完成度をあげること。それに真摯に向き合っていかねばならないと思います。
当たり前のことなんだけど知らない人もたまにいるよね。アレ?ってなる。まあそういう人たちが自己本位に陥っている間に私は大飛躍を果たすので。よろしくね。

ねむい。だれか私に大学の近くの家を提供してくれ。生活費込みで。2DK以上だったら折半で一緒に暮らして。あたしもうむり、1限のために6時に起きたくない……