20周年

今日は私の誕生日やでみなさま。おめでとうわたし。

3,4年前の人生設計に今日という日はなかった。
私は18で死ぬつもりだったので。これは本当の本気でしたし、そうなるだろうと謎の確信があったので、よく生きているなって思う。
えらいよわたし。がんばったね。はたちになる今日この日まで、割と毎日死ねるなら死にたいのスタンスで生きてきてたから、死ぬのちょっとなあ、て思える日が来たのが嬉しいです。私は幸せなんだろうな、いま。
と、思ってたけど家帰ってご飯食べるって言ってたのに帰ったらみんな食べ終わってるしお祝いモード1ミリもないし激しく泣きそうで生きるのやめたいです。そういうところだぞ両親め。妹のくれたあんずぼーだけが私の生きる糧だ。家族へのコンプレックスの強さは変わんねえな。
まあはたちになったからといって、だな。今日だって昨日と地続き、だと思う、記憶あるし、だからまあ突如変わるなんてことはないのだ。よ。

大人になるということを、私はずーっと拒んできた。んだと思う。いつまでも甘えていたいし構っててほしいしわがまま言いたいし優しくされたいし責任持ちたくないもん。子供なんてできなくていいし人を育てるなんて無理だし。好きなことだけ好きと言って、社会的地位や顔面のことを気にせずに、やりたいことだけをやって生きていきたかった。まあ大人じゃないからと言ってそれが出来たわけではなかったけれど。
今日この日をもって、年齢の規制でできないこと、の方が少なくなった。まだ議員に立候補できないくらいじゃないですか?私のできないこと。出来ることが増えたぶん、義務や責任を負うことになるのだ。いやすぎるね。まだまだ自由にしていたいね。1日じゃなんもかわんないってば。19の私と地続きなんだもの。

まだまだひとりの夜が寂しいし、家族へのコンプレックスはでかいし、明日が来るのもあなたに嫌われるのも怖いし、誰にも愛されないなと、自分の魅力なんてゼロに等しいと思うし。おセンチメンタルな自分とはさようならができない。
愛されたいよ。

少女漫画の主人公に、童話のお姫様に、あなたが好きな女の子に、私はなりたかった。

お転婆な10代でした。セックスしたりセックスしたりセックスしたりしてたね。役者やら芸人やら公務員やらサラリーマンやら早稲商やらベンチャー企業社長やらミュージシャン(笑)やら色々ありましたがきっと彼らのおかげで今の私がいるのです。感謝しかないです。ありがとうございます。ました。大好きだった人もいるしくそくらえと思う人もいるけれど。笑い話ですね。特に後半は。お前だぞ。読んでないと思うけど。生きてんのかなあ。

私の人生の目標は早く美しく死ぬ事です。たくさんの人に愛されて惜しまれて死ぬ事です。叶えさせてくれよ。愛してくれよ。切実に。うまんないこの穴を埋めてくれよ、あなたが。

ひさびさに痛感している。さみしいね。人って寂しいね。私はどうしてこんなに愛されたいと思いながら愛されていることに満足出来ないのだろうね。本当はめちゃめちゃ愛されてること知ってて、でも自分がそうであると信じきれない。仕事はできないわ頭は悪いわブスだわデブだわ燃えるゴミだな〜て思いますけれど。しんど。うわーーーしんど。
私は果たして生まれてみたかったから生まれたんですか?母と父のエゴじゃない?なんで生まれたんでしょ。人間というものの形を持っただけの別のなにかなんじゃないかと思っている。だってこんなに生きていくのが辛いのに子供を産もうなんて思わないもの。だから子供を産むことを選ぶ人は私とは違う考え方を持ってるなって、んでそっちの人の方が多いから私はちがうんだなーて。人間の命なんて私はそこまで大事だと思ってない、いうなれば生物だ、お前らの嫌いなゴキブリと命の価値は同じはずなのだから。人間様って調子に乗るなよ。だから生まれさせてやろうなんて思わない。幸せなこともあるのは知ってるけど、でもそれって人によって違うからさ、生まれた人が幸せの少ない人生だったら私責任取れないもん。私に空いたこの穴を母親が埋めてくれないように。寂しいなんて、口が裂けてもあの人には言えないんだから。勝手に生んどいて欠陥作っといて放っておくって。せめてリコールして。新品と取り替えて。無償で。

幸先いいスタートだったんですけどね、20代。生きてけるかな。みなさんが観測者だよ。わたしの。