人身事故

その「会いたかった」は私が独占している言葉ではない。
そうやって甘い声で、優しい目で、そう囁くのは私にだけではない。
そしてその言葉に愛があることなど永久にない。

思い込みとは便利なもので、ないものをあることにしてしまうし、あるものをないことに出来てしまう。だから私が信じれば、そこには愛があるのだ。

愛があったということにしよう。あの日私を抱いたあの男に。私を抱き上げた母親に。母親を母親にした父親に。

私はいつも間違った認知を押し固めて生きている。素敵だ。だってあの男は私のことが好きじゃないし、あの子は本当は私に興味ないし。まあ他者評価に関してなんですけどね。
みんなそうだ、いつだって相手の気持ちを推し量ろうとする時、正しく推し量ることなんてできない。できるかお前に。私はできない。
だって言葉ではそう言っているけれど、本当は私に会いに来るのが億劫だったんじゃないかとか、その会いたいの意味は顔が見たかった話をしたかったではなく体を重ねたかっただけなのではないかとか、思ってしまうじゃないか。最低だと思う、自分勝手に相手を解釈して、しかも自分を落とすついでに相手も奈落に突き落としてるんだから。ごめんね。
でも傷付くのが怖いから予防線を張ってしまう。あなたもそうでしょう?あいつは俺のことなんて好きじゃねーよ、とかね。本当に好きじゃないと思ってるわけじゃないじゃん、好きであってほしいけどそうじゃなかったら傷つくから最初から期待しないでおこうってやつ。
みんなそうだと思うんだけどリスナーのみんなはどうなの?あ、これ文字媒体か。ウケる。読者のみなさんはどうなの。思わないの?思わないとしたらなんでなの?考えたこともないか。だからネクラなんだな私は。無駄に傷ついてしまった。てかこれに読者がいること前提なのもキモすぎる。しんどけ。

愛されてえな。私だけを必要とされてえな。お前じゃなきゃダメなんだよって言われてえな。無理だよ。私だけにしかないものなんてないもん。ね。明日からもまた平気な顔をして会いたかったって言うんでしょう。気持ちが悪いね。あーあ。全然メンタルが元気なのにこんなこと書いちゃうのか。不思議な感じする。私は元気です。