シンボルカラーは赤、桃色

つくづく欲深い人間だなあと思う。
欲深いんだか疑り深いんだか自信が無いんだか。

愛されているということに対して信用ができないと思いませんか。
言葉にしてくれないなら尚更そうで、どれだけ行動で示してくれていても、愛しているよと口にしてくれないと信じられないのだ。

親から愛されてきたと私は思えない。
いや、客観的に見たら全然私は幸せなんだけどね、十分すぎるほど愛を受けて育ってるんだけどね。父親と母親がいて、二人は喧嘩もするけれど仲が良く、姉を慕ってくれる妹がいて、横浜に一軒家を持ち、贅沢はできないが日々の暮らしに困るわけではなく、ご飯は美味しいし毎日湯船に浸かれるし、私立大学に通わせてもらっている。絵に書いたような幸せ。そんなことは分かってるんだけれど、頭では理解出来ても心にまで降りてこないのだ。私は両親に愛されている自信がない。だって愛していると言われたことがないんだもん。
私だって言ってこなかっただろうけど。というか家族に好きとか愛してるとか言うのも言われるのも恥ずかしいけど。だからと言って、なんだよ。JPOPの歌詞で好きだとか愛してるだとかよくあんなに繰り返せるなと思っていたけど、そうか私は愛してるとか好きだとか言われてこなかったからあんなに不思議に思っていたのかもな、とか今すごく思った。腑に落ちた感じがする。お前らがそうじゃなくても私がそうだってんだからそうなんだバーカ。
これ書きながら号泣してしまっている。私は家族の話が苦手だ。コンプレックスが強すぎる。私がリストカットをしていた時も、自殺未遂をした夜も、母親はやめなさいとは言ってくれたけど、怒ってはくれなかったし、やめろの理由に愛しているからを挙げてくれたことはなかった。なかったように思うだけかもしれない、でも私の中ではなかったことになっているのだ。なかった。あの夜私は、そうだよね部屋で死なれたら困るよね妹が朝起きて私の死体見るとか一生トラウマだよね、片付けとかも面倒だし、てか家引っ越したりしないと嫌だからお金もかかるよね、って思った。って、ノートに書いてた。私はただ母親に愛していると言って欲しかっただけだったのだ。ただ振り向いてほしいだけだったのに。娘がリストカットなんてしてたら(まあめっっっちゃ軽いやつだけど、あっさいやつだけど)そりゃもっと慌ててさ、構ってくれたりとかするのかなって思ったんだもん。でもあんたはしっかりしてるから平気でしょって。たまに見つかるとあんたやめなさいって言ったでしょ、って。その言葉に傷ついての繰り返しだわバカ。私はただ気づいて欲しいだけだったのに、気づいてくれたら私のこと見てるって分かったのにって。愛されてると思えたのにって。気にしてくれるかなって思ってたのに。
あれから5年は経ったけど今でもよく考える。結局ただ傷が付いただけだったんだって、身体にも心にも。白くなった傷跡はアットノンでは消せないのだ。そして母親の代わりもまた、どこにも存在しないのだ。

母親だけじゃなくて、恋人にもそういうことをよく考えていた。出会って告白して、身体と時間を重ねていくうちに、この人は本当に私を見てくれているのだろうかと不安になるのだ。愛してるって言わない人多くないですか。いやあんま言ってくんなくて、恥ずかしいからってたまーーには言ってくれてたけど。私はそれじゃ足りなかったらしい。その、帰り際抱きしめてキスをして、愛してるよおやすみ!みたいなそういう挨拶の一つになった愛してるって思いとかすっ飛ばしてんじゃんって、思って。形式的なのとか、恥ずかしさからふざけた感じにとかさ、そう言うのにどうしても本物を感じられなかったからだんだんと分からなくなってきて。
浮気の原因が、本命の相手に振り向いて欲しくてだった、とかって結構多いんですよ実は。同人誌調べでもBL漫画調べとかでもなく本当にね。怒ってくれるかなとか、独占欲見せてくれるのかなとか思うじゃない。それを期待して、出てきたのが私への怒りじゃなくて私の浮気相手への怒りだった時の絶望感、わかる人いるのかな。なんでって。別に愛があってしたわけじゃない、とっっても意味が変わってしまうけどざっくり言えばあなたのために、したくてした訳じゃないのに、結局ダメなんだなって。怒ってほしかったんだな、って言うのは最近気がついたんだけど。愛してるから、お前のことが好きだからほかの人に見せたくないからやめてくれって、そう言って欲しかっただけなのになあって。
いや私がクソ女なのは間違いないです、でもそこを棚に上げたうえで言わせて今は。私はクズだけど、でもクズでも好きだって言ってくれたら、こんな私でも好きだって言ってくれるなら信じられる気がするじゃん。……まあ結局信じられなかったけどね。

その逆もある。すっごく真剣に私のことを好きだって言ってくれて、傷付けてもそばにいてくれる人の愛情は過信してるんじゃないかってくらい信じられる。でもそれって、相手からの思いと自分の相手への思いが釣り合ってないのかなとか思ってしまう。私の相手への思いは、相手からの思いより少ないのではないか、って。失ってしまっても最悪いい……とまでは言わないけど、失わないって思い込んでるあたり失ったら大変に傷つくのだろうけど、でもなんとなく、その思いをおろそかにしてしまってることが多い気がしてきた。あーそれは大事にしないとダメだわ私。これ読んでるあなたもね。思い当たる節あったらちゃんと大事にすんのよ。二人の愛情のベクトルが違うと大惨事だからな。

頭が大変悪いので、愛してくれている人より愛している人の方が大事だ。どれだけ後者が私のことを愛していなくても、だ。要するに、好きになってくれた人のことを好きになれたらいいのに、だ。そうやってその人の愛を受け入れることが出来たらどれだけ幸せなんだろうって思う。私はまだそういったことがない。告白された相手と付き合ったことがない、のだ。付き合ってから好きになることもあると思うんでよかったら付き合ってくれない?お試しで。とか言えちゃうのに私は無理なんだよな。わからない、今まではそうだっただけでこれからは違うかもしれないけど。私は好きのベクトルが恋愛じゃない人から恋愛の好きを向けられてしまうことがちょくちょくある。私も同じことをよくやってるんだろうけどね。でも好きなわけよ、相手のことは。友達としてか、先輩としてか、まあ色々あるけど。今まで生きてきて、恋愛としてから他のベクトルに変わることは多いけれど、他のベクトルから恋愛に向くことってなかったんですよ。たかだか19年ですけれど。ずっと友達だった相手を好きになることってなかった。大半が一目惚れだし。だから多分無理だ、って決めつけてるんだと思うけど。そのパターンだから、って言うより、じゃあ試しに付き合ってみて好きになれなかったから別れようとか相手に失礼すぎるでしょ、という言い訳を武器にする。
そういう訳で自覚して愛情を踏みつけて歩いている。愛されたいとかほざいてるくせに。きっっっもちわるい女だな。

だからこそ、制服の彼女は私服の彼女の申し出を断るのだ。
だって私とあなたの愛って別の味なんだもの、って。形もよく見たら違うのよ、って。
違うということに気がつくのは、いつだって思いが軽いほうなのだろう。

いい加減こういう癖を治したいのだ。愛情を疑うことなど本当はしたくない。相手に愛してるって言って抱きしめて、嫉妬したって口にして、なんて要求したくない。私はどうしたらよかったのだ。愛されてこなかったなんて思いながら生きてるのもしんどいし、それを有耶無耶になんてできないのだ。こんな夜に、幸せな歌を聴いている瞬間に、突如として大きな穴が心にあいてしまうんだから。どうにかして愛されなくちゃいけないと思いながら生きている。愛されたかったと思っているから、私は愛を振りまくのだろう。好きだと言うのだろう。返してほしい気持ちと、私みたいな思いをして欲しくないって気持ちと。半々で。