ミディアムヘアの極意

今日は大マントウ倶楽部という催し物を見に行ってきた。

催し物?なんだあれ。催し物。寄席ではない、トークライブ、でもない、なんて言ったらいいんだろう。身内ノリの集大成。あの空間全部が身内なアレ。企画ライブ?きっと私の大好きな小劇場の芸人さんたちが同じようなことをやったらこう呼ぶのだろう、企画ライブ。
ネタバレは出来ない。言葉にするべきものではない、あれがあんなに面白かったのはあの空間だったからなのだ。私たちがあの人たちの身内で、あの人たちと同じ空間にいたことがオモシロの大きな要因だったのだから。

大マントウ倶楽部。それは我が偉大なる4年の先輩方3人を中心に、他大学の3年生4人、直属の2年の先輩1人で構成されているよくわからないLINEグループのよくわからない身内ノリを見せつけられるだけの時間。だった。
最高だった。落研の集まりのはずなのに何故か落語をしたのはゲスト、先代萬藤さんのみ。ますます良く分からない。が、それが成立し、そして最高だったということだ。なんなんだあれ。すげえな。


感想はいくらでもかけるが本題はそこではない。
また今夜も自分のことばかり書きたいと思うが、

私は中途半端だ。

中途半田。半田ちゃんすこ。すこでした。でも夢やってたのは風丸一郎太だったな。知らない人は知らなくていいです。ニワカだったので。

中途半端だ。私は。

容姿はめちゃめちゃ可愛いというわけでもなければ目も当てられないほど醜いわけでもない。勉強だって出来はするけど上には上がいるし、歌だってそう、脱いだって上原亜衣ではないし、本職の方に勝てるテクニックは持っていない。
いつだって所属するコミュニティに、自分が自信を持っている分野で、自分より優れている人がいる。何かの一番になれたことなんて、例えば部活や仲良しグループなんかの少人数の集まりの中でさえ、一度もない。

それだけじゃない。

お芝居が好きだ。でもそれで生きていきたいわけではない。
学生落語が好きだ。でもそれだけをストイックにこなしていきたいわけでもない。

やりたいことだって中途半端だ。すべてをそれに注ぐ覚悟はない。ないのだ。
だから私は恥ずかしい。

打ち上げで大好きな、尊敬する先輩の落語論を聞く。こういう時間が一番楽しい。厳しい言葉を紡ぐ口が、夢を見据える目が、少しでも多くを伝えようとする身体が、全てが輝いて見える。格好いい。私は一つでも多く彼から勉強したいと思うから一生懸命聞く。できればメモだって取りたいと思うくらいだ。本当だ。1ミリも盛ってない。

「〇〇の落語は面白くない」「あいつはとにかくめんどくさい」
など愚痴のように聞こえるものから自分の落語への情熱についてなど、幅広く。
正直人柄についての愚痴っぽい話はこの人はその人のことそう思ってるんだな程度の認識で終わる。だって人の好みって違うし、人それぞれ。言葉の捉え方も違うもの、だから私は別に気にしない。気にする必要がないから。他人から見た他人の話より、他人から見た自分の話の方が私は気になる。自分大好きなので。

私はこの人の落語がこう好きじゃない、とかもっとこうして欲しいとか、そういう話を聞くのが好き。
後輩にはもっと〜とか、そっかこれ私に言ってくれるんだ、ってちょっと嬉しくなったりその意図を考えたりするのもだし、どうしてそう思うのか、それが知りたいのだ。やっぱりその人の情熱を感じる瞬間がいちばん良い時間だなと思う。

そうやって真摯に話を聞いていると、意見を求められる時がやってきたりする。こう見えてちゃんと聞いているので、なんとなくその人の話に沿って自分の考えをまとめてみたりする。上手く喋れてる自信はゼロだけど。
その時に絶対ついてくるフレーズがある。

私は落語とかお笑いとかよくわからないですけど、

この注釈はとても大事なのだ、実は。
こういう話をしてくれる人って命かけてるんだよね。オモシロに命をかけてる。とっても真剣に向き合ってる。私と違って。
私は真剣さに関してはあなたに勝てません。という意味なのだ。知ったような口を聞くなと思われたくないのだ。自信がないのだ。

熱意のこもった話をされると、私の中に冷めた自分が現れ、この人はお前とは違う、お前は偽物だと囁くのだ。頑張ってなどないと。この人と同じように見ているつもりでも本当はお前はすこしもそのことについて分かっていないんだぞと。脅すのだ。
全くそのとおりだ。落語だけじゃない、芝居だってそうだ。私は理論を勉強したわけでも文字通り生活をかけて芝居をしているわけでもない。年数だって浅いし下手だ。だから何かを発言する際は不安なのだ。思ったことを言ったらこいつは何もわかってないくせにと思われるのではないかと。
いつも保険をかけてしまう。ダサすぎる。
自分の思ったこと、言うんだけど。言っちゃうんだけどね。素人がごめんなさい、と思う。常に。

話を聞いていて思うことがほかにもある。
学生落語の話。大会などで結果を残したい人と楽しく落語をしたい人と、おおまかに二つのグループがそこにはあるということ。
前者が後者を許せないのも、後者が前者を煙たがるのも、そりゃ方向性が違うんだからしゃーないでしょ。私は圧倒的に後者だ。
だけど前者の言い分は非常に良くわかるのだ。

人気じゃなくて上達を追い求めてほしい

若干言葉が足りない気がしないでもない。きっと足りないからちゃんと読んで理解してください。
落語をやるからには、満足できるものやろうよ、そのために努力しようよってこと。したいよってこと、してほしいんだよってこと。
私は完全にエンジョイ勢ではあるが、身内でワイワイキャイキャイやるより、自分の満足のいく落語をやりたいと思うのだ。おもしろ!バカウケるな!誰だこれやってるの……私か!最高だな!って思えるのが理想ってやつ。私の。
高みを目指したいのだ。馴れ合いじゃクソつまんねぇと思うのだ。やるからには。

でもこれは私の考え。私がこうしたいという指針。だから誰かに押し付けるつもりは全くないしこうしてほしいと思うこともおそらくない。
後輩に示しがつかないとかしらない。私は組織に生きてるわけじゃない、つもりだから。私は私がやりたいことをやりたいように勝手にやるのに便利だから所属しているだけだと思っているから。

正直恥ずかしいんだもん。自分のクッッソ中途半端な生き方を他人に押し付けんの。中途半端じゃない生き方なら押し付けてもまあいいんじゃないですか。だってそれには価値があると思うから。自信もってこれやってって言えるだけの。だから羨ましい。こうして欲しいとか言えることが。私も言われてえ〜!求められてえ〜!と思う。まあ求められても無理なんですけどね。すみませんね。できる限りのことはしますけどね。いいなと思ったらね。

まあだから中途半端なりに頑張りたいと思うのよ。中途半端なりにストイックにやってきたいと思うのよ。自分のいちばん好き!いちばん面白い!を自給自足するために。他人の好みに合わせていちばんになろうとしたり、客観的に測れる価値に合わせようとしたりすんの無理だもん。いちばんにはなれないもん。だからせめて自分の中のいちばんはとってあげたいんだもん。


まあそんなことを思いながら電車に揺られたのでした。私は落研が好きです。方向性や考え方が違っても諸先輩方のことも同期たちのことも大好きです。だからこれからも沢山吸収したい。エンジョイ勢ではあるけれど、エンジョイすることに本気出したいから。言ったことはちゃんとやるから。頑張るから。だからもっと話してくださいあなたの思いを。愚痴や落語論を。おねがいします。ぺこり。


私も中途半端なりに頑張るので同じく中途半端なみんなも頑張ろうな、自分の納得できる中途半端な自分になるために。